2009UCIパラサイクリング世界選手権

2009UCIパラサイクリングトラック世界選手権

御礼
2009UCIパラサイクリングロード・トラック世界選手権に出場しました日本選手団は
多くの真摯な皆様方から温かい御支援・御声援・叱咤激励を頂きました。
心から感謝申し上げます。

これからも何卒よろしくお願い申し上げます。

‐ トラック 日本の若者奮闘 藤田が金

 2009UCIパラサイクリングトラック世界選手権は、ロードから約2カ月後の11月6日からイギリス・マンチェスターで開催された。 マンチェスターは今やトラック競技のメッカのような風格と実績がある。 事実、パラサイトラック世界選の2週間前にはイギリストラック選手権が開催され、これには健常者超エリートに混じって、LC1女子のSara StoreyやLC2男子のJudy Cundyも出場、ともに功績を上げていたが中でもSara Storeyは女子個人追い抜きで2位に入っていた。また、パラ世界選の前週には、なんとUCIエリートトラックワールドカップが開催されていた。その流れで、スタッフにはエリートワールドカップから引き続いて参加するスタッフがいたり、また現地の関心も高かった模様。

日本チームだがロードで重傷を負った石井だけでなく、今年に入って非常に調子を上げていた大城竜之(B&VI)も合宿での落車により、トラック世界選出場を結局断念。新パートナーと素晴らしい走りを見せていただけに何とも残念。 11月マンチェスターでのトラック世界選には、結局阿部学宏(クラスLC1)と藤田征樹(クラスLC3)の派遣となった。厳しい選択であった。

 若い2人で挑んだトラック世界選。しかし2人ともしっかりとした実績がある。藤田は昨年北京パラで銀メダルを獲得しているし、両足義足でトライアスロン完走歴もある。阿部は何と実業団BR1にランクする。10月の合宿では雨にたたられることばかりであったが、普段からの地道な努力に裏付けされた2人の若者が、マンチェスターを疾走した。

 選手は11月2日夜成田に入り、3日朝7時半に成田空港に集合。心配された機材のチェックインも空港関係者の真摯な対応もあって順調に。すでに現地ではスタッフがエリートトラックワールドカップに引き続き滞在し、2日から準備を進めていた。主催者と宿泊のやり取りで当初小さな問題があったがすぐに解決。 選手だけでの現地入りだったが特に問題も無く、現地時間3日夜に現地スタッフらと合流。 森メカニックと通訳の山脇さんが出迎えてくれた。

 4日5日は阿部のクラス分け・公式練習で屋内板張り250に慣れる。特に阿部は初めての板張りだ。 藤田も昨年北京以来の国際大会であり、緊張感が高まった。


ホテルでの食事 阿部は初めてのことばかりで戸惑いも
森メカ・石田トレーナーらがサポート

若い2名に今年のトラックはすべてを託した
右が阿部、左が藤田

11月6日(金)
藤田が2位も心配・・ 阿部は自己ベスト大幅更新

大会初日の116日は両名とも個人追い抜き(LC14キロ、LC33キロ)。全体でも2組目の出走となった阿部学宏は、目標としていた16秒台には少し及ばなかったが、521秒523とまずまずのタイムで13位。トップスピードをつけることにもう少し主眼を入れたトレーニングを続けると、このタイムも順位ももっと劇的に改善されると期待できる。それだけの力がなければBR1のランクを得ることはできなかっただろうし。中距離で力をつければ、それがいろいろな種目に応用でき、活躍の幅が広がると願いたい。最初の種目を無事に走りきって、ホッとした。 なおこのクラスこの種目で優勝したのは豪のGallagherで、中長距離を得意とするこの選手もUCIエリートクラスで通用するようなスーパー選手。

藤田征樹は、北京での自己ベストには及ばない359秒759で予選2位。環境が変わり、乗り込み・中距離種目に関しては不安があったことを考えると悪くないタイムだ。当初は個抜きに関してはかなり厳しいという雰囲気があったが、さすがにたくわえはあった。しかし、アクシデントが。両足の切断箇所が強く痛み出したという。決勝は、やはり20歳代前半と若いライバルのGraf(独)に追い抜かれて敗退、2位に終わった。 結果よりも、足の状態が心配だ。

11月7日(土)24歳のチャンプ 藤田が1キロで優勝

7日の1キロタイムトライアル。阿部は昼過ぎの出走。右腕に握力の無い阿部にとっては、スタートが重点となるこの種目は厳しい面がある。雨にたたられて限られた合宿日程では、それでもスタート練習を取り入れてこの改善を目指した。タイムは上位には及ばなかったが、自己ベストを大きく更新することが出来た。

夜の出走となった藤田征樹は、切断箇所の痛みとの闘いがあった。出走するかどうかを考えるほどだったという。スタッフや日本にいる義肢装具士さんとも相談し、エリートワールドカップに引き続いて視察されている班目さんから激励も受け、そして気持ちを高めて迎えたスタート。見事に115307をマークし、クラス優勝。アルカンシェルを手に入れた。表彰台ではいつものさわやかな笑顔を見せ、スタッフやチームメートの阿部らから祝福を受け、思わず涙ぐむ場面も。日本のピットは大いに沸いた。表彰式後は全員で笑顔の記念撮影。おめでとう。

若い2名には今後も更なる精進活躍を願いたい。


金メダルの表彰を受け、アルカンシェルを着た藤田

真ん中に上がった日の丸 感激

義足の調整までもしてくれた森メカと

11月8日(日)強烈な世界のレベル

日本はエントリー取りやめ選手が出たため、最終日であるこの日はレースがない。この日はタンデムスプリントやチームスプリント、女子の500メートルTTや女子タンデム個人追い抜きなどが行われた。
 タンデムにはパイロットに元オリンピック選手がいたり、また6日に行われた男子タンデム1キロTTでは1分2秒217の世界記録がまたもやイギリスペアによって達成されるなど、相変わらずのハイレベル。日本もぜひここでまた勝利してほしい。また、やはりイギリスの女子LC1
Sara Storeyは個人追い抜きで3分34秒266の世界新をマークしたがこれはこの1週間前に行われたエリートワールドカップの同種目においても2位に該当するタイム。今後は健常者エリートの国際大会にも出ていくという噂もうなづける。 男子LC2のJudy Cundyも1分5秒414とやはり北京で自身がマークした記録を更新。今回も強烈な走りが見られたようだ。


 こういった動きに日本が後れを取らずついていくには、やはりJapanとしてしっかりとした計画と視野を持って限りある資源の中を効率的に行い、また健常者団体とこれまで同様しっかりと連携し、ハイレベルの自転車競技で経験・実績・知識・人脈のある方々に入って来ていただき、また、少し長い目で育成していく上で地力と情熱のある真摯な若い人を教育していくことなどが絶対的に必要ではないだろうか。それを考えると、この世界選手権は怪我による負傷辞退者が何人か出てしまったのは残念だが、それ以外は前述の事柄がかなりうまく出来たのではと思われる。計画を持って効率的に行い、連盟ともしっかりとコミニュケーションを取り、ハイレベルなスタッフに来て頂き、地力のある若い選手を鍛えるなどした。 今後もこれを続けるだけでなく、さらに上のグレードに推し進めることのみが世界と対等に渡り合える方策ではないかと感じた。同時に、練習のレベルを下げることなく、しっかりとした健康・安全対策を施していくことも必要だと改めて実感した。

 今回の世界選手権は、今後に向けた良いサンプルとして、非常に大きな意味があった。このようにすべきだ、ということが改めて確認できた。

 選手・スタッフの皆さん、お疲れ様でした。

 ご支援ご声援頂きました多くの皆様、JCF,JPCA,ヴィットリア(Vittoria)、OGK,ダイナソア、パールイズミ、メダリストプランニング、Keirin(競輪学校等),ブリジストンアンカー、日本サイクルスポーツセンター、はじめ、多くの皆様に心から御礼申し上げます。 これからも何卒よろしくお願い申し上げます。


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2009UCIパラサイクリングロード世界選手権

 今年のUCIパラサイクリング世界選手権は当初、9月にスペインでトラック・ロード同時開催の予定であったが、主催者が開催を返上。急きょ、ロードが9月にイタリア・ボゴーニョで、トラックが11月にイギリス・マンチェスターで行われることになった。

 9月ロード競技が行われたボゴーニョは、ミラノのマルペンサ空港から車で1時間弱の小さな村。のどかなこの地で行われた大会には、厳しい基準をクリアした石井雅史(クラスCP4)が出場。北京での大活躍から、新たな一歩を刻むべく当地に乗り込んだ。また石井は2007年世界選ロードの金メダリストでもあり、ディフェンディングチャンピオンとしての出場でもある。9月7日成田を森メカニックらと出発。同日夜7時過ぎにはミラノ・マルペンサ空港に到着、そこで宮島マッサーと合流。レンタカーを借りて現地へ。レンタカーは1台だけでは機動性に乏しく、後にもう1台借りた。

 到着翌日にはコースへ行き、確認。コースは全カテゴリー共通で、19.7キロ。ほぼ平坦。わずかに小さな登りがあるくらいで、目立ったものはない。それよりも、ラスト1キロほど、登りきったところから下っていき、下りきったところが直角コーナー。そのあとも短い間にカクカクしたコーナーが2つほど有ってそしてようやくゴール前の直線、それも100メートル有るか無いか。このあたりが非常に危険では、と感じていた。それがまさか実際に起こるとは、当初夢にも思わなかった

 
宿舎では、スペイン、コロンビアらと同宿。特にこの2国はナショナルチームとして非常に良くまとまっており、それが好成績にも表れたようだった。またスペインのしっかりした体制と機材の豊富さには改めて驚かされた。素晴らしい。


ずらっと並んだスペインのタンデム 思わず欲しくなる

9月11日(金)ロードTT,快調スタートも後半失速

最初の種目となったのは911日、CP4クラスのロードTT219.4キロ)。 スタート後の石井は快調で、さすがにスピードマン。順調に見えたが1周目の半分を過ぎたSunoの平原に入ると強い風を受け、スピードが落ちていく。なだらかな登りに入ると目に見えてスピードは落ち、「どうした!」とサポートカーから声をかける。1周目のラップは、上位から少し離れて7位くらい、とのこと。2周目には、遅れてきた選手を捕えてスピードアップを図るが及ばず、結局7位だった。タイムは27分37秒47、トップとは44秒13の差で、射程圏内と思われた。(トップの平均時速は43.289km/h. ちなみに距離も長くコースも厳しかった北京での平均は41km/h強。)


スタート直後は快調に飛ばした。
沿道にはあまり人が居らずちょっと寂しい


石井をスタッフが懸命にサポート
レース前も、レース後も

9月13日(日)ロードレース まさかの落車事故

最終日13日のロードレース(767.9キロ)。2連覇がかかるレースだ。当初から78人によるトップ集団が形成され、石井もこの中につける。3周目の登りで、スペインのCesar Neiraが一気に仕掛けた。後続が少し離れ気味になるが、この逃げは決まらず、4周目に入るとすぐにNeiraは集団につかまる。そのままトップ集団は変わらず、最終周回へ。

アナウンスは変わらず混戦のままゴールスプリントへ、と伝える。カクカクした最後の連続コーナーを曲がって集団が来た。先頭に出た地元イタリア選手の後方から、その左側とコースわきの間を石井が踏み込む。スプリンター石井の出足はさすがに違う。行けるのでは、と思われた、その瞬間、イタリアの選手とフランスの選手に少し幅寄せされるかのようになり、これを防ごうとするがそのままハイスピードのままコース左わきの鉄柵に激突。激しい激突音と悲鳴が響く中、石井は激突後アスファルトにたたきつけられる。イタリア選手らがゴールする中、流血し苦しむ石井に駆け寄る日本のスタッフ。さらには、他国のスタッフ・選手・コミッセールらも。「大丈夫か。しっかりしろ!」「イシイ!」 救急車で病院に運ばれた。 その後診断で、肺の損傷・頸椎や両鎖骨を始め10か所以上の骨折という重傷ということが分かった。頸椎も損傷したが脊髄には影響が無かったことは奇跡的だったかもしれない。 なお石井は10月半ばにようやく帰国出来た。


新たなライバルを相手に2連覇目指した石井だったが…

先頭集団に位置した石井

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