2008北京パラリンピック トラック競技

御礼
2008北京パラリンピック自転車競技日本チームは
多くの皆様方から温かい御支援・御声援・叱咤激励を頂きました。
心から感謝申し上げます。

まずまずの成績で帰国することができました。
ひとえに皆様のおかげであります。
多くの真摯な皆様方、
ありがとうございました。

これからも何卒よろしくお願い申し上げます。

 私たちが文字通り血を流すような苦しみを味わいながらも目指してきた、北京パラリンピック。自転車競技は97日から14日まで行われ、日本は金メダル1つを含むメダル6個というダントツで過去最高の成績を獲得。多くの賞賛と高い評価を得ることが出来た。このページでは、トラック競技の模様を報告します。

9月7日(日)トラック初日 
アベック銀で好発進

 トラックは綺麗な屋内板張り250の老山自転車競技場にて開催。初日には日本から石井雅史(CP4)が個人追い抜きに、藤田征樹(LC3)が1キロタイムトライアルに出場、ともに初出場ながら銀メダルを獲得した。

日本人トップを切ったのは、石井の3キロ個人追い抜き予選。午前10時から始まった予選で石井は3分37秒848でトップのタイムで通過。ライバルで昨年のUCIパラサイクリング世界選この種目金メダリストのChristpher Scott(豪)にプレッシャーをかけた。

午後の決勝では、2キロ通過時までは自力を出したScottに2秒近い差をつけられ、これまでかと思われたが、徐々に石井はペースを上げ、一方スコットはスピードが鈍っていく。周回ごとに差は縮まっていく。およそコンマ2弱の差に迫った最終周回、石井はさらに加速。両者ともにほぼ同時にゴール線を通過したが、わずか0.013秒差で石井は銀メダルだった。 それでも、見事な激戦に満員の場内からは割れんばかりの拍手が送られた。 出来ることはすべて出し尽くした内容だった。

LC3・LC4統合クラスの1キロタイムトライアルに23歳と若い藤田征樹が出場。こちらも昨年のこの種目銀メダリスト。それ以降、班目監督の指導・チームのサポートのもと、めきめきと力をつけてきた。ライバルの一人と思われたSimon Richardson(英)が1分14秒台の驚異的なタイムをマーク。ラストから2番目の緊張感あふれる中での藤田のスタートは、スムーズには出れなかったがすぐに立て直し、3周目まではRichardsonを上回っていたが、最終周回に力尽きたのかスピードが鈍り、1分17秒314でゴール。 ゴール後、悔しさをあらわにする藤田。しかし、最後の選手にはわずかの差で抜かれることはなく、銀メダルを獲得。

  惜しくも金には届かなかったが、初日の日本は、石井・藤田ともに銀メダルという好スタートを切ったといえる。 これはすでに前回アテネのメダルを上回るものだ。 まだまだ有望種目はあるので、更なる期待がかかった。 選手・スタッフの健闘をひたすらに祈るし、全幅の信頼を置いている。 JCADパラサイクリングチームには、この信頼が大きな要素だ。 


今大会日本人メダル1号の藤田

わずか0.013秒差、惜しい!石井

激しい緊張感の中、
メダルを獲得 藤田

9月8日(月)トラック2日目
超ハイレベル
大城竜之・高橋仁ペアが大健闘

トラック2日目、日本人選手は、視覚障害(B&VI)男子1キロタイムトライアルに出場する大城竜之・パイロット高橋仁ペアのみである。初日の石井・藤田の銀メダル2つで勢いがついたのか、大城・高橋も素晴らしい走りを見せた。

 16組中11番目スタートの大城・高橋は、完璧なスタートダッシュで初周を20秒368で回り、その後もハイペースは衰えなかった。スタート以上に課題だった最後の粘りも、新しいフレームに変えてからはブレが少ないためか、スピードが落ちない。豪のLindores/George組がこの日マークした1分4秒792というパラリンピックレコードを上回るタイムを計時して迎えた最終周回は満員の場内から大声援が送られる。最後もたれることなく、大城・高橋は1分4秒593のパラリンピックレコード(日本新)でゴール。割れんばかりの大歓声の中、大城・高橋は何度も笑顔でガッツポーズ。応援していた家族・ファンに応えていた。

すっかりプロ化したこのクラスでは、このパラリンピック記録(シドニー・アテネであれば世界新記録・金メダルだった)の寿命は残念ながら短いものとなってしまった。

 南アフリカのペアやオーストラリアの残る2組が1分4秒130、1分4秒053、1分3秒718という記録を出していき、大城・高橋ペアは表彰台に上がることはできず。

 最終ペアで世界チャンピオン・世界記録保持者のKappes/Storey()はこれらをされに上回り、1分2秒864という桁違いのタイムで圧勝し、金メダルを獲得。

 大城竜之・高橋仁は5位であった。シドニー・アテネであれば金であったが、それでも世界の強豪と激戦を展開し、満員の場内を沸かせたことは4日目のスプリントに向けて自信になったのでは。

パラサイクリング全体に言えることで、特にこのクラスには顕著だが、プロ化しているのが事実。イギリスペア・オーストラリアペアなどは、パラサイクリングが職業のようだ。一方、日本ペアは2名とも仕事をしながらのトレーニング三昧の日々。それでもこれだけの好タイム・激戦を展開できることは彼らそして今回の日本チームのレベル・意識の高さを物語っている、と感じる。

この日の大城・高橋ペアの予想を上回る好タイムで、日本チームはさらに盛り上がっていった。


大城・高橋ペア 見事な走りだった

満員の老山ベロドローム 異常な盛り上がり

9月9日(火)トラック3日目
石井が
1キロで金メダル 藤田2つ目の銀

 99日火曜日、トラック3日目は、初日と逆に藤田征樹(LC3)が3キロ個人追い抜き、石井雅史(CP4)が1キロTTに出場。

石井雅史は、目標としてきたこの種目での金メダルを獲得した。

金メダルを確実にすることに主眼を置いたのか、スタートも慎重だった様子。何よりも金メダルを確証する走りに徹したようで、安定した走りは最後まで崩れなかった。UCI非公認の自己ベストには及ばないが、2位以下を引き離す走りでの金メダル。

ゴール後、手を上げて大歓声にこたえる。場内はこの日も超満員。バックスタンド前で班目監督とがっちり握手し、アンカーバイクから降りると、バックスタンドの大観衆に向かって深々と一礼。さらに大きな拍手歓声が石井に送られた。

表彰式では、石井は満面の笑みで手を振る。金メダルが石井の授与された。日の丸が中央に上がり、君が代が場内に流れた。本当に感激のひと時だ。表彰後の撮影で石井は、おどけて金メダルをかじるポーズで喜びをいっぱいに表していた。

これが今大会日本選手団全体にとって初の金メダル。日本選手団全体から石井への祝福・感謝の声が上がった。自転車にかかわるものとして、本当にうれしかったし、誇らしかった。

午前のLC3個人追い抜き予選に出場した藤田は、前半から快調に飛ばす。最後の1キロも118秒台でまとめ、予選タイムは352253。このカテゴリーの世界新記録だ。しかし、この記録は次組出走のSimon Richardson(イギリス)によってすぐに破られてしまった。Richardsonのタイムは 348178

午後の決勝ではこの2名の対戦となり、藤田は前半飛ばしてリードを奪うが、後半上げてきたRichardsonにかなわず、再び銀メダルであった。

トライアスロン経験者で、それを生かして昨年からパラサイクリングで活躍。トラックで2つの銀を獲得した藤田の今後がさらに楽しみだ。ロードでももちろん期待される。

オリンピックでもそうであったように、パラリンピックでもイギリス勢の活躍はすさまじい。Richardsonは昨年の世界選手権では全く目立たない存在であったが、その後徹底したトレーニング.サポート体制があったのだろう、信じられないような伸びだ。イギリスは、健常者エリート(オリンピックチーム)と障害者パラサイクリングのナショナルチームの結びつきが強いようで、すばらしい支援体制がある様子。それが驚異的な記録と活躍につながっているのは間違いない。ちなみに、片足義足のカテゴリー1キロTTもイギリスの選手が金メダルだったが、タイムは15秒台!もうちょっとがんばればオリンピックに出れるのでは、と思った。イギリスは結果として、トラック出場種目のすべてで金メダルという偉業を達成していた。

日本はここまで4つのメダル(1、銀3)を獲得。これまでで最高の成績だ。レベルが驚異的にあがっているここ数年だが、日本選手のタイムも内容も良い。イギリスにはとても及ばないが、チーム編成.戦略などがうまくあたっているように感じられる。 何よりも、選手の意識の高さには本当に頭が下がる。



北京で日の丸が真ん中に上がり、君が代が流れた
メダル1号も、金メダル1号も自転車だった

金メダルを授与された石井

Japan Boothのあるホテルには
金第1号を祝うメッセージが掲示

9月10日(水)トラック4日目
???… 不可解な進行に泣く

 9月10日()トラック競技4日目はトラック最終日。日本は大城竜之・高橋仁ペア(視覚障害男子B&VI、高橋はタンデムパイロット)が出場するタンデムスプリントだ。

 午前9時半からの予選ハロンでは、10秒842という公式大会自己ベスト(日本新)をマークし、4位につける。1位はやはり強いイギリスのKappes/Storeyペアで10秒536のパラリンピック新記録。しかし、彼らが持つ10秒410の世界記録には及ばない。2位がオーストラリアペアで10秒629、3位は南アフリカの10秒641。大城・高橋ペアは十分に狙えるタイムだ。

昼からの1/4決勝では5位のカナダペアと対戦。危なげなくストレートで下し、準決勝へ。昨年同様、最強ペアのイギリスとだ。

 1/4決勝は軽く流したイギリスペアを、大城・高橋は本気にさせた。準決勝1本目、逃げたKappes/Storeyを追ったが及ばず。上がりタイムは10秒747。2本目もまくれず、日本は3位決定戦へ。相手は、南アフリカのKilpatrick/Thomsonペア。

 英・豪・南アのいずれのペアも競輪選手顔負けの体格。しかし、大城・高橋ペアはタイム・技術では引けをとらない。

銅メダルをかけた3位決定戦、1本目南アはスタートから飛び出すという奇襲に。満員の場内が大いに沸く。まるで個人追い抜きのような南アの走りを必死に追う日本。やがて追いつくと、今度は一気にスパート。最終バックでは南アはあきらめ、1本目は日本が先取。

迎えた2本目、不可解な事態が連発した。6周回のうち、3周回をまわり2角を出たところで南アがインを切り込み日本も下がると、突然ピストルが打ち鳴らされる。いったい何のことか分からず、客席で見ていた各国スタックも"おい、何があったんだ?と両手を広げてた。Re−start(再発走)だという説明を受け、アナウンスも流れた。それ以外、明確な状況説明は無いまま、再びスタート。今度は積極的に出た大城・高橋だったが南アペアのまくりに屈して、1-1のタイで3本目、と思われたが、電光掲示板には 3位RSA,4位JPN の表示が。 何かの間違いと思われたが、これで終わり、南アの銅メダル、との発表。 ピストルが鳴ったのは、日本の走行違反により2本目は日本降格・南アが取った、Re−startは3本目となった、とのこと。 

日本チームはこれに対して猛抗議。 Re-startとの説明しか誰も受けていない・日本が降格になってこれから走るのは3本目との説明も何も無かった・3本目であるならばその旨の明確な説明が必要であるし、3本目はメダルセレモニーをはさんでその後に行われるスケジュールになっている、抽選も無かった、などとチーフ・コミッセールに強く申し出た。

これに対してチーフ・コミッセールは、説明がなされなかったこと等について、悪かった、と非を認め詫びたという。なぜ続けざまに3本目に入ったのかについては スケジュールが押して、テレビ中継も押していたからなどという説明があったという。 そんなことは正当な理由にならないのでは・・・。

長く抗議は続けられたが、チーフ・コミッセールが非を認めても、結果はそのまま。不適切な進行がそのまま通ってしまう形で終わってしまった。

このようなことになり、とても納得がいかない気持ちだ。何より、これまで誰よりも大きな苦労と犠牲を払って北京にかけてきた大城・高橋ペアのことを思うと、言葉が無い。日本としては、大城・高橋は銅メダルと同等ととらえている。

日本チームはここまで非常に良い流れで来ていたというのに。 納得いかないものだった。

しかし、まだ大会は続く。後半のロードも期待が持てるので、気持ちを切らすことなく、リフレッシュして挑んで欲しい。これは簡単なことではないが、そうしなければならない。


アップ中の大城・高橋と見守るスタッフ



3位決定戦
1本目を取ってメダルを信じたが…
不可解な進行に涙

トップへ